中東書記(聖書と呼ばれる書き物)を読まない男、紙様にぼやく

本、新聞などの記事について もごもごと感想を書きつつ、どこぞのカルト宗教に取り込まれてしまった方々についてぼやいております。

解毒 〜エホバの証人の洗脳から脱出したある女性の手記〜 を読んで

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以前読んだ「ドアの向こうのカルト」と比べると、エホバの証人に対する知識がなくても分かりやすく読みやすい本である。かといって軽い内容ではなく、かなりハードな内容。

 

男性ならば、自分で生きるすべを見つけることはそれほど難しくないだろうが、女性が自立するために、このカルト宗教がどれほどの足かせになるか、とも感じた。

 

彼女がエホビアンに染まらなかった理由として、

・納得しないことはとことん調べる

・経済的に自立する術を身につける(母親からの指導にしても)

・父親がほぼ一般人で、親として常識的だった

・すべての事柄でないにせよ、自らの良心に従う

が挙げられる。

 

特に「経済的に自立する術を身につけた」ことは大きいと思う。

経済的に親や配偶者に依存している者は、生命線を握られているという面で相手に依存するしかなくなる。JWであればなおさらそれが顕著になり、相手を何もできない人間にして、「この人しか頼れる人がいない」ように仕向ける。

そういう意味では彼女に「魚を捕る方法」を教えた筆者のお母さんは非常に賢明な方のようだったが、排斥になった筆者を忌避するという行動にも出る。キャラクターとして言動に食い違いのある方だと思ったが、これこそマインドコントロールのなせる技なのか???

 

彼女の不幸は、相手が2人共依存心の強い男で、相手を支配することで自分の弱さを隠そうとしていた人間だったこと。精神的に弱い人間は暴力に走りやすいのかもしれない。

そして結婚に限って彼女が直感を信じなかったこと。どちらの結婚も、直前に不穏なものを感じたにもかかわらず、直感に従わなかったことで不幸に陥っている。

「夫ではなく、父親を求めていた」という精神科医のアドバイスで目覚めた彼女は父親と会って、これまでの誤解を解き、さらに父親の「無条件の愛」を知る。

そして母親や姉の愛が「条件付きの愛」であることを知って、組織から抜ける決意をする。

「ドアの向こうのカルト」では、スピリチュアル系の体験によって「目覚める」という、人によっては引いてしまうような展開だったが、この本では精神科医とのやりとり、そして「宿題」という形で家族とアプローチするという、現実的な内容になっている。

この方法は他のJW信者にも適応できそうな気がする。

 

 

著者の文章能力が高いのか、編集者の能力が高かったのか、非常に読みやすい文章である。JWの活動に迷う方は、これこそ迷わず読むべきものだと思う。

 

 

さて、この本を読んで、妻の境遇がかなり似ていると感じた。

 

母親はJWではなかったものの、高圧的で娘を縛りつけ、結果的に共依存の関係を作り上げた。

姉は妹にやさしく接している一方で、母親の抑圧をうまくかわして、攻撃が自分に向かないようにしている(結果として妹がとばっちりを受けることになる)。

父親は妻が中学生の頃に亡くなっており、母からの抑圧から逃げる相手、または無条件の愛を与える人間がそばにいない。

 

結婚した自分も、妻の依存体質に長くは耐えられず、突き放した。

 

妻がエホビアンになってしまったのも自然な成り行きだったのかもしれない。

きっかけを自分が作らなくとも、いずれはエホビアンになっていたかもしれないのだ。

 

妻にも問題があっただろうが、自分も著者の元旦那と同じような傾向があるのかも知れない、と思うようにもなっている。

妻に暴力を振るうことはないが、言葉の暴力はずいぶん浴びせた。「死ね」とも言った。エホビアンになった今でも思う。「妻が死んでくれたら問題解決だ」と。

こんなことを思う男の未来はそれほど明るくはないのだろう。

 

ただ、自分が妻に愛情を感じていないおかげで、今の生活を続けていられるのではないか、とも感じている。

妻を愛していたら、JWから妻を奪い返そうと、狂った獣のようになっていたかもしれない。愛していないから今もこんなことを書いていられる。

 

もしかすると、自分は妻に愛情を持って結婚したのではなく、その時だけ「縛られる喜び」を愛情と勘違いして結婚してしまったのかもしれない。

 

今は割れたお皿に盛りつける料理もない。