中東書記(聖書と呼ばれる書き物)を読まない男、紙様にぼやく

本、新聞などの記事について もごもごと感想を書きつつ、どこぞのカルト宗教に取り込まれてしまった方々についてぼやいております。

おひさまみかんのたね

ある日の午後、アリサ夫人とお隣のメイ夫人がハルバード氏からお茶に誘われた。

 

「この前ジパングという国に旅行に行ってきてね。おいしいオレンジを土産に持ってきたんです。よろしかったら召し上がりませんか?」

「まあ、私オレンジに目がありませんの。ぜひ頂きたいわ。」

メイ婦人の口を手で遮ってアリサ夫人は言った。

 

ハルバード氏が持ってきたそのオレンジは薄い橙色の皮に覆われており、ボールのようにまんまるだった。中身も太陽の光をそのまま中に込めたような透明な黄色のつやつやした果肉だった。

 

「んまあ、なんて素敵なお味!」

アリサ夫人は大げさな反応をしたが、メイ夫人もオレンジのかけらを口にして内心びっくりした。甘さはそれほどないのだが、瞬間的な酸っぱさと、しばらく続くその刺激が新鮮だった。

 

ハルバードさん、ごちそうさまでした。とてもおいしいオレンジでしたわ。主人にもぜひ食べさせたいので、できればおひとついただけませんか?」

「アリサ夫人、申し訳ないがさっきのオレンジが最後だったんです。」

「あらあ残念!」

「あの、ハルバードさん、もしご迷惑でなければ、さっき食べたオレンジの種を頂いてもよろしいですか。」

メイ夫人が言った。

「育つかどうか分かりませんが、この種を植えてオレンジを育ててみようと思うんです。」

「ああ、それは構いませんよ。今用意させましょう。おいくついりますか?」

「3粒あれば・・・」

「私は残りの種すべて頂きますわ。」

アリサ夫人もよほどあのオレンジが気に入ったらしい。

 

「このみかん・・・ジパングではオレンジのことをみかん、というのですが、『おひさまみかん』という品種だそうです。ここはジパングと同じで気候も温暖ですから、うまく育つかもしれませんね。」

ハルバード氏は、アリサ夫人とメイ夫人に種の包みを手渡してそう言った。

 

アリサ夫人とメイ夫人は早速おひさまみかんの種を庭にまいた。

 

「さあ、おひさまみかんの種、早く芽を出しなさい!」

そう言ってアリサ夫人は毎日どころかヒマさえあれば種をまいたところに水をあげつづけた。

 

メイ夫人はというと、種をまいたその日にたっぷり水を与えた後は、土の表面が乾く前に水をあげるだけだった。

 

一週間経って、おひさまみかんの芽が顔を出した。

芽を出したのは20粒のうち15粒。

喜んだアリサ夫人はますます頻繁に、それこそ1時間おきに水をかけるようになった。

 

メイ夫人の種は3粒のうち1粒だけが芽を出した。メイ夫人は愛おしげにその芽を眺めていた。相変わらず水やりは3日に一度。

 

おひさまみかんの芽が出てから一週間ほどすると、アリサ夫人の庭のみかんの芽がいくつか枯れてしまった。

「おかしいわね、水をたっぷり与えているのに。そうか、肥料が足りなかったんだ。」

アリサ夫人は芽の近くを掘って、肥料をたっぷりと埋めた。もちろん水やりも毎時間行った。

それでも2,3日経つとまた何本か芽が枯れてしまった。

「ああ、ここのところそれほど天気がよくなかったから光が足りなかったのかも。」

そう言ってアリサ夫人は家から白熱灯を持ち出して、みかんの芽に光を照らした。

夜になっても白熱灯はつけっぱなし。

ご主人が「おい、まぶしくて夜眠れないじゃないか」と言っても「カーテンを閉めて寝ればいいじゃない、おいしいみかんができるんだから我慢してよ!」と怒る。

 

そしてまたいくつかの芽が枯れた。
それでも残りの木は枝を伸ばし、新しい葉をつけるようになった。

メイ夫人のみかんの木も、それほど早いとはいえないが、順調に伸び、葉を茂らせていった。

 

夏になって、みかんは新しい葉を茂らせるようになったが、虫がつくようになった。

それを見たアリサ夫人、虫のついた葉をちぎり取って捨ててしまった。

少しでも虫食いのある葉、ついでに形の悪いと思った葉も摘みとった。

しまいには「ここに枝があるとかっこわるいわね」と新しい葉をつけたばかりの枝をばっさり切ってしまった。

葉が3枚だけになってしまった木もあり、その木は一週間後に枯れてしまった。

他の木も、枝や葉をむやみに切り取られたせいか、どうも育ちが悪い。

 

アリサ夫人がメイ夫人の家の庭に芽をやると、あちこちに枝を伸ばしているものの、たくさんの葉を茂らせたみかんの木があった。葉には蝶の幼虫が何匹かくっついているが、メイ夫人は気にせず、テラスで本を読んでいた。

 

「あれじゃいつかみかんの葉をすべて食べられてしまうわね。」

アリサ夫人は新たに虫が来ないように、毎日みかんの木に殺虫剤をまいた。

殺虫剤は、みかんの葉を食べる虫だけではなく、木の周りや土に住む生き物まで追い払ってしまった。

「さあ、これできれいなみかんが実るわ。」

 

その年の冬、アリサ夫人のみかんの木はすべて枯れた。

メイ夫人のみかんは多少の葉を失ったものの、枯れることなく冬を越した。

 

次の年、メイ夫人のみかんの木がひとつ実をつけた。ひとの顔ほどもある、つやつやと輝くまんまるなみかんだった。

 

メイ夫人はアリサ夫人を呼び、二人でみかんを食べた。

以前ハルバード邸で食べたものと同じ、素敵な味だった。

 

「私は水もやったし肥料もあげた、光も存分に与えたし虫もよせつけないようにした。それでもみかんの木が枯れてしまったのは、種が悪かったんでしょうね。」

 

と言うアリサ夫人に、メイ夫人は苦笑するだけで何も答えなかった。