息子の気持ち
前の記事で、実家のお稚児さんというイベントについてツマに話す、と書いたが保留にした。厳密に言えば、息子にまず話して、息子たちがいやならやめる、ということにした。
あるブロガーさんからメッセージをいただき、何通かやりとりをしている内に、ちょっと自分もおかしなところがあったのかなあ、と思うところがあった。
ツマがおかしな言動をしている。自分は正しいことをしている。自分が子供にやらせることは正しいことだからやらせるべきだ、なんて考えを抱いている自分に気がついた。
強引に自分のエゴを押しつけることで、その後のツマからの抑圧その他もろもろを考えていなかった。自分の無理を通しても、結局つらい思いをするのは息子たちなのだということ。
自分としては、母に喜んでもらいたいという気持ちが多分にあるので息子たちをお稚児さんに参加させたい。でも息子たちが楽しめず、その後ツマの抑圧が激しくなるようでは結果として息子たちのためにならない、と思ったのだ。
母に断りのメールを入れると、「仕事で忙しいんじゃしょうがないね」というメッセージが返ってきた。
母も状況を分かっているので、ツマに子供を連れて来い、なんてことは書かない。でもメールの裏に感じる失望が痛い。
下の息子は七五三もやらなかった。一般社会でできることができない悔しさ、もどかしさにたまらなくなる。
それでも息子たちの気持ちを一番にするとそうなってしまうのか。
そうなってしまうのか?
息子たちが笑って過ごせる日々を願うものの、「ナンデコッチガヒカナキャナラナイノ」というやりきれない思いを抱きながら、今宵も酒を飲む。