中東書記(聖書と呼ばれる書き物)に興味のない男、紙様にぼやく

本、新聞などの記事について もごもごと感想を感想を書きつつ、どこぞのカルト宗教にマインドコントロールされてしまった方々についてぼやいております。

ソース 手術をする?

ソース(上の息子)は夜尿症が治らずにいる。

「いつかは治るよ」と周りから言われたものの、いつまでも治らない。

おねしょが治らないソースは「修学旅行に行きたくない」という始末。

精神的な問題なのかとも思ったが、都の小児医療センターで検査し、神経に異常があるのではないかとの疑いからMRIを受けたところ、脊髄脂肪腫がある、との検査結果を受けた。

脊髄の中に神経を圧迫するスジが存在し、体の成長に伴ってスジが引っ張られることにより、神経をさらに圧迫して状況をさらに悪くするものらしい。

Webの情報で知ったのは、進行することで下肢の運動障害や感覚障害が出ることだ。

今はおねしょだけの問題で済んでいるが、それ以上の障害が出る可能性があると。

 

さて、検査結果を聞き、手術するしかないという状況ということだったので、善は急げと7月に手術の予約をした。

比較的簡単な手術で輸血の必要もないという説明だったので、楽天的な自分は多少の不安はあったもののこれでよいと思っていた。

 

ツマは違った。

 

翌日手術の話を切り出すと「聞いていない、そんな重要なことを相談もしないで決めないで」と噛みついてきた。

そして「その病院が信頼できるの?手術しか治療の方法はないの?失敗したらどうするの?」と自分に答えようのない質問をくどくどとぶつけてきた。

しまいには「別に今のままでもいいんじゃない」と言った。

 

そいつはツマのエゴだ。

 

おねしょの原因が判明して、それを治療する術が見つかったというのに、リスクの大小も分からぬ状態で「手術はあぶない」と思い込んで、情報も仕入れていないのに拒否する。無知のもたらす不安と恐れがツマをすぐにダメダメに走らせる。

 

そんなわけで、オフ会当日の朝、息子たちのいる前で(いつもの)大げんか。

自分に言っても答えの出ない文句をいつまでも言い立てるツマに腹が立ち、こちらも怒りの感情をストッパーなしで放出した。

 

神があてにならないから、人は科学と医療を自らの手で発達させてきた。

ここまで行き着くのにたくさんの犠牲があったことは確かだ。

でも、人体実験をしていたわけじゃない。患者を治そうと試行錯誤した上での結果だ。

少々本や新聞を読んだりして、医療現場の厳しさと、患者を治そうとする志を持った医療従事者には頭が下がる。

それを、自分の無知も認識できずに「手術は危険だ」と騒ぐ愚。
もちろん知った気になっている自分もあまりよろしくないのだが。

 

とりあえず、ツマが小児医療センターで納得いくまで説明を聞き、納得できなければセカンドオピニオンとして別の脳神経外科を受信する、ということになるだろうと想定している。

 

仮に手術をしないでも治る有効な治療法があれば、そっちをすればいい。

しかしあやしげな民間療法や心霊手術や代替医療と呼ばれるニセ医学に走りそうなら全力で止めないといけない。

息子の未来を親のエゴでつぶしてはいけない。体も、心も。

 

それにしてもまず「紙に祈る」ってのをしないもんかね。

紙様は歩けない者を歩かせ、目の見えない者の目を開いたんじゃないのか?

そんな奇跡は2000年前で打ち止めか?

だから「紙は死んだ」なんて言われるんだって(自分は存在すらしてないと思っている)。

 

ツマは自分が疑ったものはとことん疑う。自分の考えに合わない結論になった場合は拒否する。都合のよい結論を求めがち。

 

医療に関してセカンドオピニオンうんぬん言っている割には、宗教についてはセカンドオピニオンをまったく取っていない。

2000年前に出版された古本に「楽園に行ける」と書かれているから信じれば行ける、と思うことの方がよっぽど信頼できないけどね。

 

この件ではしばらくもめそうだ。