個体差
上の息子は好奇心旺盛なのだが、頭の回転がいまいち。10を聞いて5を知るかどうか、という感じ。
下の息子は比較的おとなしくはしているものの、突然暴君に豹変する。上の行動とそれに対する両親の反応を観察しているせいか、(良くも悪くも)聞き分けがよい。言ったことをそれなりに理解しているみたい。
上の息子が理解できないこと、納得できないことは「なんで?」という言葉に集約される。
「なんで?」と言う前に「どうしてかを考えろ」と思うのだが、まずそこまでいかない。自分で考えることをしようとしない。自分で考えるようにするにはどうしたらいいんだろうか。
下の息子は、ある話から「それはこうじゃないの?」という話を切り出してくる。聞いていると「こいつ賢い」と思うことがある。相手の話すことを理解する能力があるのだ。
ただ、その理解力のよさと聞き分けのよさがJWの刷り込みにうまく利用されているような気がする。
前記事の献血に対する2人の反応で感じた。
すでに下の息子は「献血はサタンだ」と刷り込まれている。
対して上の息子は「父ちゃんと一緒に行く」ことが第一だった(パフェに負けたけど)。
どちらが良いか悪いか、ということはいえないが、上の息子に対しては「なんで」の理由を誰かから聞いたことで納得するのではなく、自分で調べて納得してもらいたいなあ、と小学3年生に要求することではないか・・・
下の息子に対しては「お母ちゃんを好きだからといって、お母ちゃんの言うことを聞く必要はないんだよ」と教えたい。もちろんこの言葉を理解するのは難しいだろうけど。
どちらの息子にも将来にほぼ同じ不安を感じる。自分にできることは、JWに染まりつつある息子の言動に狂った反応を見せないこと、そして今後息子たちがどうなっても、自分が息子たちの味方であることを示すこと、かな。