楽勝人生
仕事のことでぼーと考え事をしている時に、大学時代の先輩の言葉を思い出した。
「俺の人生は楽勝人生だ〜」
魚類の研究に携わっていた先輩が、九州の水産試験場に就職が決まった頃だったと思う。
もちろん額面通りに受け取るはずがない。
やることをきっちりやった上で獲得したものだったと自分は思っている。
先輩にとっては、努力というものが当たり前のものだったんだと思う。
ちょいと苦しいことでもむしろそれを楽しんでしまうような。
その先輩はワンダーフォーゲル部に所属していた。
富士山を標高0m(富士の田子の浦港)から登り始めるような猛者だった。
今も大変なことを抱えながらも「楽勝楽勝!」と過ごしているのだろうか。
さて、このところどうも部長から「期待の人材」と勘違いされているような状態になっている。
現在所属している部署の今後について部長に諭され、とりあえず自分の部署でどうしたいか話し合うため無理やり開いた会議ではまったく実になる結果とならず、現部署(保守派)から煙たがられる部長派(改革派)のような立場になっている。
係長から妙に丁寧な挨拶をされたり、周りにあえて聞こえるように「なおじくんは僕に何か隠してるんじゃないの?」と言われたり。
実際部長からは「係長や課長に話してもしょうがないからお前には話しとく」というようなメールが来たり。
本来の自分はいい加減で自分本位で自分がよければあとは知らない、で済ましていたい人間だ。たまたま部長の利用しやすい奴だと思われたことで実力を勘違いされているに過ぎない。
ただ、部署の現状はよろしくない。立ち上げから20年、若い奴が先にやめていき、新人を入れても新人からやめていく。これまで問題視してこなかったが、「老害」があったのかもしれない。
個人的には部署が職人集団になりすぎて、新人が自由に動きづらくなっているのでは、と思っている。
自分もここ1,2年でものすごい衰えを感じている。耳は遠くなり、目も悪くなり、滑舌が悪くなったことで相手に話が通じなくなったり。今の仕事を定年まで続けられる自信がない。
保守派の連中は「定年まで今の仕事をやります!」と課長に断言したらしいが、自分に言わせれば無責任発言だ。
自分の衰えが現場に迷惑をかけることになってもその仕事を続けようとするなら、それは老害以外のなにものでもない。
今までできたことができなくなった時、それを現場のスタッフが受け入れてくれるのか、まずそれを承認してもらわなければいけないと思うのだ。
現在自分は部署の老化対策をどうするか、考えている。
ただ自分がよいと思うことを部署の連中がよいとは言わない。10年後、自身の衰えを想像できずに「そんなのできない」と突っぱねられそう。
それでも様々なケースを想定して「こういう選択をしたらこうなる」というものを具体的にいくつも出しながら、現実を直視してもらわないといけない。
そして自分の仕事をいつまでも下に引き継ごうとしない係長にも「係長の現在の業務は1年で引き継げるようなものなんですか」と問わなくてはならない。
立ち上げ当初は係長も含めて若い集団だった部署も、20年経つと、近い年齢の人間が密集していて、2年で4人が抜けるというあまりよろしくない集団になっている。基本的に誰か辞めないと次を入れられないルールなので、2年で4人定年は業務に支障をきたす恐れが大だ。
もう少ししたら係長と話をしてみようと思う。
もしそこで係長が現実を直視できないようであれば、自分も今の部署に見切りをつけた方がいいのかもしれない。