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本日は誕生日。3×2^4歳になった。
家族がお祝いをしないのはいつものことだが、日付が変わったと同時にいろいろなサイトから誕生祝いのメール(発信元は人に非ず)が来ると、余計に虚しさを感じてしまう。
数日前から母に電話したいと思っていたので会社からの帰宅途中、公園の夜桜を見上げながら電話をかけた。用件はない。ただ久しぶりに声が聞きたくなっただけ。
母は「そういえば(下の息子)の誕生日はあさってだったっけねー」と言った。孫の誕生日はよく憶えている。何でも浄土宗の法然上人の誕生日と同じだそうな。
「ああ、あんた今日誕生日だったねー」と後になって思い出してくれた。
母の電話のそばにいた姉とその娘たちが「ハッピバースデーツーユー」と歌うのが聞こえた。
それほど長い会話もせず、電話を切った。
言おうとしていたことを言うのを忘れていた。まあ今日言わなくてもいいことだし。
誕生日に関わる話で、「誕生日は自分を育ててくれた親に感謝する日だ」とかなんとか聞いたことがある。どうも違和感を感じていたのだが、今朝その理由が分かった。
たかが数年育てたくらいで感謝してもらおうというのは甘いんじゃないのって。
本当にそれを感じるのは、自分が独り立ちした後や、子供を持った時じゃあなかろうか。
押しつけがましいんだ。感謝を要求する時点で、返ってくるものは感謝じゃない。