中東書記(聖書と呼ばれる書き物)を読まない男、紙様にぼやく

本、新聞などの記事について もごもごと感想を書きつつ、どこぞのカルト宗教に取り込まれてしまった方々についてぼやいております。

サタン 許さない

私は真の宗教を信仰している。

 

旦那と結婚してからしばらく家にこもってふつふつとしていた時、アパートの呼び鈴を押して現れたのが、私の運命を変えた姉妹だった。

 

世界が平和になるにはどうしたらいいか、とか、幸せな結婚生活を送る秘訣は何か、とか、今まで自分がぼんやりと考えていたことにはっきりとした答えを出してくれる姉妹に心惹かれ、聖書研究を始めた。

組織の雑誌を介して学ぶ聖書は、私に様々な知恵と希望を与えてくれた。

 

旦那は最初反対したものの、私が霊的になるにつれて何も言わなくなった。一度集会に連れて行ったきりでその後は参加していないけれど、この頃私が集会や奉仕に出かける時は優しく送り出してくれる。

バプテスマを受け「楽園が来るまで子供は作らないから」と宣言した時、旦那の顔が一瞬絶望に覆われたように見えたが、次の瞬間には何もなかったように「そう。」と言って、それ以降子供のことは話題にしなくなった。

研究や奉仕で夕ご飯が作れない時も自分でご飯を作って食べてくれている。時々洗濯物を干したり取り込んだりもしてくれる。顔は置いといて、身長185cmで細マッチョのガテン系、食べるには困らない程度のお給料はもらってきてくれる。
私にとって最高の旦那様だ。

 

「今日は夜勤なので、帰りは明日の昼になる。奉仕がんばってね。」

旦那からメールが来た。これだけで元気が出る。

直後にまたメールが来た。

瑞希姉妹、体調がおもわしくないので、本日の奉仕はお休みさせてもらいます。◯◯姉妹」

 

一人で奉仕をするのは少々不安ではあるけれど、エホバのみ名を広めるためにがんばらねば。旦那も応援してくれてるし。

 

私が初めて訪問する場所だった。ちょっと古びた2階建てのアパート。私達の住まいの方がちょっとだけ上だな、と思いながら一番手前の部屋のブザーを押した。

・・・反応なし。

次の部屋・・・反応なし。

次の部屋・・・ドア越しに「間に合ってます!」

 

1階の住人にはまったく会えず。

 

階段を登ってすぐのドアに向かうと、部屋の奥で何か物音がしていた。ゴトゴトと何かを揺さぶるような音。小さいけれどもうめき声のような音も聴こえる。

証言できるだろうか。期待を込めてブザーを押した。

物音が止んだ。

しばらく反応がないのでもう一度ブザーを押した。

ドアの奥で誰かの話し声が聞こえる。

「・・・ってよ・・・つこいん・・・ら」

「・・・くせ・・・あ・・・かった・・・がねえ・・・」

「りょうちゃん!・・・ってよ・・・しねてる・・・ら・・・ってる」

 

「りょうちゃん」か、旦那と同じ名前だ。親近感が湧いた。

 

乱暴な足音が数秒続いた後にドアが開いた。

 

 

 

 

目の前には、背の高い細マッチョ。Tシャツにトランクス姿。露出した素肌にはうっすら汗が浮いている。

 

「え・・・なんで」

小さく叫んでしまった。

 

細マッチョも数秒目を大きく開けて私を見つめていたが、奥から聞こえた女の声で我に返ったようで目をそらした。

「いつもその人達しつこくやってくるのよー。りょうちゃん二度と来ないように言ってよー!」

 

細マッチョは目をふせたまま言った。

「で、何の用?」

 

たくさんの言葉とたくさんの感情がミキサーですり潰されながら脳の神経回路をトリップさせていく。

何か言わなくては、そう思って必死に出した言葉。

「幸せな結婚生活はどのようにしたら送れるでしょうか・・・?」

 

 

細マッチョが私を蔑むような、憐れむような表情を浮かべた。

 

「幸せな家庭生活に興味はありますか」

 

「・・・・・3年前まではあったね」

 

「この雑誌には、幸せな結婚生活や安定した家庭をつくる答えが書かれています。ぜひお読みになってください。」

 

雑誌を受け取った細マッチョが私をみつめたが、反対に私は彼に目を合わせられなかった。

その場から逃げだしたいのに足が動かない。

 

「あぁ、ちょっと待ってて」そう言って細マッチョが奥に引っ込んだ。

何か女と話しているようだったが、すぐに戻ってきた。

 

「お返しに、これを。」

 

見慣れない緑色の紙だった。上の方に細マッチョの名前とハンコが押してあった。

 

「早く楽園が来るといいな」

そう言った細マッチョが私をポンと通路に押し出し、直後にドアを閉じた。

 

 

数分だったか数時間だったか分からない。

気がついた時、私は見知らぬ場所を歩いていた。

ここは楽園だろうか。いや、街も道路も景色も何も変わらない。世の人々が何の苦労も知らないで笑っている。楽園であるはずがない。

 

右手にはクシャクシャになった緑の紙玉を握っていた。

あ、バッグを持ってない。どこに置き忘れたんだろう、いや、いい、どうでもいい。

 

 

静かに、ずっしりとした感情がにじみ上がってくる。

 

 

サタンめ、許さない。私の愛する人を奪おうとするなんて。

サタンよ、今に見ていなさい。エホバがすべてを正してくださるんだから。

お前の存在も仲間も、ハルマゲドンですべて滅ぶんだから。

そして、正気に戻った旦那と子供をつくって楽園で永遠に生きるの。