中東書記(聖書と呼ばれる書き物)を読まない男、紙様にぼやく

本、新聞などの記事について もごもごと感想を書きつつ、どこぞのカルト宗教に取り込まれてしまった方々についてぼやいております。

110311の覚え書き

あの日は夜勤だったため、早めに家を出て新宿サザンテラスの紀伊国屋書店で立ち読みをしていた。

そこにいきなりぐらんぐらんと来た。

店の脇に停まっていた自動車の車輪が浮き上がるほど揺れるのを見て、「こいつはでかい」と感じた。もちろん揺れもひどく、同じ棚にいた女子高生と目を合わせて「どうなるんだろう」という心の会話をしていたのは自分の妄想だろう。

 

揺れが収まった後、急いで職場に向かった。

事務所に行くと部長が「今から避難します」と。

会社の正面玄関に出社していた面々が集まった。とはいえ集まっただけで何もしようがない。そこに余震が起こった。近くのビルからは警報が鳴りっぱなし。向かいの鏡張りのビルには、風に揺れる枝のようなビルの姿が映っていた。

携帯でTVを観ていた人たちがうめくように叫んだ。

東北を襲った津波の映像。それは映画のような激しさで現実味を感じないほどだった。

 

揺れがなくなったのを判断して一旦事務所に戻った。
本日の業務は終了とし、帰宅できる者はできるだけ帰宅するようにとのお達し。とはいえ電車は止まったままで復旧の目処は立っていない状態。

部長の計らいで、近くのコンビニから買えるだけの食料を買い込んでくることに。

そこで帰れる人は時間がかかっても帰宅することにし、帰宅困難な人は事務所に泊まることになった。会社に訪問していたお客さまで帰宅できない方は、会社のロビーで一夜を明かしてもらうことになった。

 

技術者は、現場の機械及び制御盤の点検を行った。後日分かったことだが、地震の揺れで機械が数センチずれてしまっていた。

 

自分は自転車通勤者だったため、必要な業務を終えた後に会社を出た。

 

会社そばの道路は自動車で大渋滞。徒歩で帰宅するたくさんの人が路肩にはみ出るため、車も用心しながら動く。その隙間をひょいひょいと自転車ですり抜けながら走る。

何の助けにもなれないけど、がんばって帰宅してください、そう思いながらペダルを漕いだ。

 

会社から自宅まで20km近くあったが、20時前に自宅近くを歩く中学生に出くわした。
たまたまリュックにお菓子を少し持っていたので、声をかけてお菓子を渡した。

 

ツマは第二子(ボヤージュ)をお腹に抱え、マタニティクリニックに入院していた。

第一子(ソース)は義母の車でぐっすり眠っており、地震の記憶はまったくなかったらしい。

 

当日帰宅した後の記憶は全くない。

 

 

10年後の2021年3月11日14時46分

 

その日も夜勤だったので通勤途中だったが、直前に自転車を停めて歩道で黙祷した。

 

 

そういえば会社の駐輪場でカギをかけていなかった自転車が盗難にあっていたなあ。

あの日自転車屋に一見さんがたくさん訪れたという話も後で聞いた。