お母さんは神様とおともだち!3
娘(17歳)、夕ごはんの支度をしながらなにやらぼやいている
娘 もう、お母さんが今晩の食事当番なのにどうなってんのよ。冷蔵庫に食材ぜんぜんないし、奉仕するヒマがあったら買い物しろっての!
玄関のドアの開く音。
娘 (台所から玄関に向かって)お母さん遅い!
何か買ってきたんでしょうねー、夕ごはんのおかず何も作れないよ。
キッチンに現れる母(46歳)。傍らにはひょろっとした感じで坊主頭の男性。そして服装は袈裟。
娘 え・・・?
男性 こんばんは(合掌)。
母 ああ、この方ね、わたしのおともだち♡ あ、こちら娘です。
娘 こんばんは・・・?????
男性、いまいち居心地が悪そう。
母 あれ、夕ご飯まだできてない?
娘 お母さんの当番でしょ!!!!!
母 ・・・(男性に)あら〜、ごめんなさい。うちの娘ったら段取りが悪くてまだご飯できてなかったみたい。よかったらご一緒にと思ってお誘いしたのに申し訳ありません。
男性 いえ、こちらこそ遠慮なく上がり込んでしまい失礼しました。ではこれで。
母 ああ穂生さん、せっかくですからお茶でもいかがですか。
娘 え(いまなんていった)?
・・・・・・・・・・・・・・・
娘、テーブルに座って母・男性と向かい合っている
娘 で、お母さんのお知り合いってことはそっち系ってことですか・・・
男性 近くの寺に務めております。本日駅前で托鉢を行っていたところ、お母様が話しかけてこられまして、いろいろと話しているうちにこのようなこととなりまして・・・
娘 お母さん、お坊さんに証言なんてしたの?
母 だって私達がいつも奉仕している場所に立っているから、邪魔だと思って移動してもらおうとお願いしに行ったのね。でも話をしているうちに、この方が私の神だと確信したの・・・・・♡
娘 え、なんで?
母 この方のお名前、さっき言わなかった?
娘 ごめん、聞き取れなかった。
母 穂生さん。
娘 コバエさん?
母 違うわよ! ほ・ば・え・さ・ん。
娘 ほ・ば・え?
母 そう、穂生さん。
娘 ええ、お母さんまさか・・・
母 そう、この方こそ現代に神が遣わしたキリストの再臨に違いないわ。
娘 ホバエという名字がついているだけで?
母 名前もそうだけど、聖職についていること、私達の奉仕の場所にいたこと、これは偶然では説明できないと思わない?
娘 十分偶然だと思うけど。
母 いいえ、これは奇跡よ。私の目の前に降りてきた瞬間にビビッときたんだから。
娘 いつの間にか勝手なシチュエーションを妄想している・・・
穂生 お母様とは駅前でしばらくお話をしましたが、独特の宗教観をお持ちのようですね。間もなく世界が終わるだとか。
娘 私は信じていません。
穂生 いずれ人類は滅びることになるでしょうが、それが明日来るようなことはないでしょう。お母様の宗教は、どうも人々の不安をあおりたてる傾向があるように見受けられますね。
母 いいえー、そんなことありませんよー。エホバを信じさえすれば楽園に行けるんですから不安をあおりたてるなんてことしていませんわ。
穂生 しかし言い換えれば、エホバとおっしゃる神を信じなければ楽園にはいけない、という理屈です。
母 穂生さんも、仏を拝めば極楽に行けるっていう教えじゃなかったですか。
穂生 拝まない方々が地獄に堕ちるとは言っておりません。
娘 穂生さん、母が大変失礼な発言をしつこく繰り返して申し訳ありません。母って宗教がからむと頭がカチンコチンになってしまうんです。
穂生 いいえ、本日お母様からお話を伺って、新たな世界を知ることができました。仏教という狭い井戸の中で、世界のすべてを知ったつもりでいた自分を恥じております。
母 悔い改めるということですね。
穂生 ・・・え?
母 では夏に向けて聖書研究を始めましょう!少しきついけれど、毎日雑誌を2冊ずつ読破すれば、大会までに間に合うはず!
娘 ちょっとお母さん、話が飛躍しすぎ!!
穂生 ・・・お母様のお誘いは、お気持ちだけいただきます(合掌)。
どうもごちそうさまでした。
母 また、お会いできるでしょうか・・・?
穂生 近隣の駅で托鉢を行っておりますので、またお会いすることもあるでしょう。
その時は遠慮なくお声をかけてください。
母 あの・・・
穂生 ?
母 独り身での禁欲生活はむなしくありませんか?もし穂生さんがよければ、私、時々ご飯を作りに行きます!
娘 ちょっとお母さん!
穂生 ・・・・・・・・・お気持ちは大変うれしいのですが、
実は私、伴侶と5人の子供がおりまして。
母 !!!!!
穂生 あなたがあまりに楽しそうにお話しているものですから言い出せなくて。
母 坊主は結婚しないんじゃなかったの?
穂生 私、婿養子で寺に入った身の上ですので。お寺の住職も、跡取りが見つからなくてなかなか大変なようです。たまたま伴侶とおつきあいをしている時に実家の話を聞き、仏教に少なからず興味があった自分は不安ながらも伴侶の申し出を受けました。
今、その選択は間違っていなかったと思っております。
娘さんにはすでに自分の神様がいらっしゃるようですね。
あなた(母親)もどうぞ、誰かに押しつけられた神ではなく、ご自身の神をみつけてください(合掌)。
母 ・・・・・
穂生、母娘宅を去る
・・・・・・・・・・・・・・・
母と娘、テーブルで対面状態
娘 残念だったね。妻子持ちの救世主って。
母 家庭を持っているような感じじゃあなかったんだけどなー。ストイックな修行者みたいな雰囲気で。
娘 生活けっこう苦しいんじゃないの?財政難のお寺で5人の子供を抱えてお寺の維持、っていうと、そんなに裕福ではいられないと思う。
母 でもブッダも妻子を捨てて悟りを開いたんだから、穂生さんにもまだ希望はあるわ。
娘 人の不幸を期待する人間にはなりたくありません。っていうかお母さんそんなこと知ってたんだ。
母 穂生さんから今日聞いたの♡
娘 ハートマーク使わない! でお母さん、夕ご飯どうするの?
母 えー、まだできてないの?
娘 お母さんが当番なんだって!!
母 もうめんどくさいなあ・・・よし、今晩は新たな出会いを祝ってカラオケBOXに行くわよ。
娘 ご飯はどうするの!
母 そこで焼きそばでもピザでも頼めばいいじゃない。それよりも私マスターしたい曲があるの。
娘 へー、何?
娘 まさか穂生さんに向けて歌うつもり・・・?
母 遠からぬ内に現れる、私だけの救世主に向けて!
娘 (はぁ、懲りないお母さん。頭の中は十分楽園だってこと、分かってないみたい・・・)