更新
朝、ツマがカミをピラピラさせながら近づいてきた。
「輸血拒否カード、更新するんで。保証人のサインはA長老と、最近長老になったBさんにお願いするから。」
「・・・別に俺に報告する必要はないよ。死にたきゃ勝手に死ねばいい。」
たまの会話がこれだから、あいつと言葉を交わしたくないのだ。
そもそも紙様と信者との契約のはずなのに輸血拒否の約束を更新するってえのは人間サマの都合に過ぎない。もちろん会衆や組織が信者に対して圧力をかけ続ける意味もあるのだろう。
以前にも書いたが、ツマの自殺を幇助するようなサインをする気はない。
配偶者を愛しており、相手を尊重する意味でサインしたのに、ツマの死に加担する署名をした非信者はどんな思いを抱くんだろう。
自分は既にツマに対する興味を一切失っているため、あいつがどうなろうと知ったことではない。せいぜい楽園の夢を見ながらおめでたく逝けばいい。
ツマと言葉を交わさなくなって、どれだけ時間が経ったか忘れてしまった。思い出す必要もないが。
ここのところ、関西に引っ越していった会衆の長老から頻繁に連絡が来ているようだ。あいつが相談の電話をかけているのかもしれない。
ちょっと前にボヤージュが「Oさんがプレゼントくれるんだって、何がいい?」と聞いてきた。
ものすごくあやしい上に間違いなく裏があると感じたので「お父ちゃんはいらない。」と返した。
何の脈絡もなくいきなりプレゼントを送ってくる人間に好意を持つ人ってどれだけいるんだろう。それが嫌悪を抱いている集団の人間であれば余計に好意など抱けない。却って疑惑ばかりが膨れ上がるだけだ。
そんなことのあった次の日の晩、夕ごはんの準備をしているところにOさんから電話がかかってきた。
プレゼントのこともあって気が立っているのに、わざわざ忙しい時間に電話をかけてくる空気の読めなさに余計に腹が立ち、ものすごくぞんざいに対応して「今夕飯の準備でいそがしいので失礼します。」と一方的に電話を切った。またかけてきたら同じ対応をするだろう。
しかし・・・家庭生活を円満にするはずの信仰が何をしているのだろう。前提が「家族全員が信者になること」だから仕方がないのだけど、それを分かっていない輩が多すぎる。
で、困ったことになっても何が原因か分からず、自分に原因があるとは露ほども思わず、「相手を変えるにはどうしたらいいですか」と結婚もしていない長老に相談したりする。
いよいよ困った時は紙に祈るべきでしょ。気が狂うくらい祈り続けたらなんか見つかるんじゃないかと思うけど、あいつの姿からはまったくそんな気配がない。
あいつは今の生活を失うことを恐れている。
信仰を貫くとか命かけてるとかいいながら、自分一人で家を出ていく勇気もない。
ぐずぐずしているうちにこっちは一歩を踏み出した。
自分も相当ぐずぐずしていたが、ここ数日の出来事で決心がついた。
頼りにならない紙(そもそも存在しない)のことは気にせず、人間社会の理を使って自分は前に進む。